最愛の貴女へ
茨の国のお姫様は試練の果て、とこしえに幸せな一生を送らねばなりません。
そう、絶望が消失しないのならば、それは
癒されなければならないのです。
貴方は小春日和に似ています。それが僕を哀しくさせます。
「茨の国のお姫様……か」
私は、読んでいた本から顔を上げ、一人呟いた。
「まるで、どこかの誰かさんみたい」
その、「どこかの誰かさん」の事を思い描いて目を閉じる。
誰よりも切に彼女の幸せを願う――
あの頃の事はよく覚えている――
当時、まだ紅薔薇のつぼみだった私は薔薇の館に一人でいた。丁度そこに、まだ白薔薇のつぼみだった彼女が現れて私に言ったのだ。
彼女にとっての十字架となった存在の少女の名を。
「久保栞?」
彼女の口から人の名前が飛び出すのなんて初めて聞いたので、私は驚いて顔を上げた。
「な、何よ」
「……いえ、あなたの口から人の名前が飛び出すのなんて初めて聞いたから。珍しいな、と思って」
私は「それで?」と続けた。
どうやらその久保栞と言う生徒は祥子と同じクラスの子のようで、それで私が何か知っていないかと思って聞いてきたらしかった。だが、私はあいにくその子の事を知らなかった。
「知らないならいいの、さようなら」と言って帰りかけた彼女の腕を掴んだ。
とっさの行為だった。
ただ、その時、彼女がどこか遠い所へ行ってしまいそうな錯覚を覚えて体が勝手に動いていた。
「せっかく来たんだから、少しはいなさい。前々から言おうと思っていたんだけど、――、あなた、つぼみとしての自覚が足りなすぎる」
私はそんな事を言って、彼女の腕を掴んだ理由付けをした。実際それは本当に前から言おうと思っていた事だったのでそれを上手く利用した。
それからいくらかのやり取りの後彼女は椅子に腰掛けた。その真意はわからなかったが私は「ありがとう」と言って、再び書類に目を通し始めた。
その後、彼女のお姉さまが私の妹の祥子を伴ってやって来た。この方と彼女のやり取りを見ているとこの方は本当に彼女の扱いが上手いものだと感心する。
……少し、嫉妬した。
しばらくして山百合会のメンバーが揃ったので会議が始まった。
その間、彼女は物思いに耽っている様だった。
それがある春の日の出来事――
初夏のある日、私は彼女のクラスまで出向いて行って彼女に言った。
「もう少し、距離をおいた方がいいんじゃない?」
彼女は目に見えて栞さんに没頭していた。その事自体は私にとって些細な事でしかなかった。私はたぶん、他の誰よりも彼女の幸せを願っているし、彼女の幸せを奪いたいなどとは思わないから。
ただ、今の彼女と栞さんの関係は傍から見ていてとても危ういもののように思えた。
だから私は彼女に栞さんとの付き合い方をちゃんと考えてくれるように頼んだ。そして彼女も考えておくと言ってくれた。あまり責め過ぎると逆効果になるということを知っていたので、私はそれ以上何も言わなかった。それでも今の状況が少しでも改善されるように望んでいた。それなのに――
学園祭も終わり、秋も深まったある日の放課後、私は廊下で彼女を待っていた。
ずっと彼女達を見てきて、私はますます彼女達の関係が危うさを増していくのを感じていた。
私は彼女が傷つくところなんて見たくなかった。それでも言っておかなければいけないことがあった。栞さんが高校を卒業後、修道院に入ってシスターになるという事を。
思っていた通り、彼女は何も聞かされていなかった。私からその事を聞かされて顔色を失っていく彼女を見ているのは本当に辛かった。私が「大丈夫?」と聞くと、彼女はどうにかうなずいて、それから走って行った。おそらくは彼女の所へ向かったのだろう。
彼女達の歯車は少しずつ狂い始めていた。
冬に入り、私は彼女の打ちひしがれた様子を何度も見る事になった。
こんな事を望んでいたわけじゃないのに
私はただ彼女に傷ついて欲しくなかっただけなのに
私達はどこで何を間違えてしまったのだろうか。
薔薇の館でクリスマスのパーティーをするからいらっしゃい、と私は彼女のクラスまで誘いに行った。彼女をどうにかして救いたかった。私は、「待ってるからね」と精一杯の気持ちを込めて彼女に言った。けれども、きっと彼女は来ないだろうと感じていた。
結局彼女は来ないままパーティーは終わった。私は令ちゃんの作ったクッキーを少しわけてもらうとそれをポケットに入れて学校を後にした。
M駅まで来ると一人の見知った顔を見つけた。彼女、久保栞さんはじっと一ヶ所を見つめ続けていた。そちらに目をやるとそこには彼女がいた。栞さんはしばらく彼女を見ていたがやがて意を決したように歩き始めた。
「あ、待って!」
私は彼女を呼び止めたが彼女は気付かずに列車に乗ってしまった。私も彼女を追いかけた。
東京駅で私は彼女を捕まえる事ができた。そして、全ての事情を聞いた。
私は彼女に――にあてての手紙を書いてもらった。それから彼女が新幹線に乗るのを見届けるとM駅まで帰り――のお姉さまである白薔薇さまに連絡を取った。
そしてその日、私と白薔薇さまと――の3人でささやかなクリスマスパーティーをした。彼女の傷はとても深くて大きいだろうけど、私は側にいて彼女の傷を癒す手助けをしていきたいと思った――
季節は流れて、私達も、もうすぐ卒業する事になる。
あれから彼女も変わった。それは、志摩子という妹ができたこともあるだろうし、祐巳ちゃんと知り合えた事も大きかったと思う。
その中で、彼女は幸せな時間を過ごす事ができただろうか――
「あ……れ……?」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。私は誰もいない薔薇の館の中で目を覚ました。
ふと、自分の体に何かかけられているのに気がついた。
「これ、コート?」
誰かがかけてくれたのだろうか?その時
「あ、起きた?」
と、さっきまで夢の中で聞いていた声が話しかけてきた。
声のした方向へ振り向くとそこには彼女が立っていた。
「聖……?」
「や、おはよう、蓉子。って、もう夕方だけどね」
「このコート、あなたがかけてくれたの?」
「うん、風邪引くといけないなって思って。本当は起こそうかと思ったんだけどあんまり気持ち良さそうに眠ってるもんだから」
「起こすに起こせなくてさ」と、聖は言った。
「いい夢でも見てたの?」
なんて彼女は笑いながら尋ねてくる。私にとっても彼女にとってもあんまりいい夢ではなかったと思うので
「さあ、どうだったかしら?」
と、お茶を濁した。
「ところで、あなた、どうしてここに?」
「んー?もうすぐ卒業だからさ、慣れ親しんだここにもお別れを言っておこうかなって思って。蓉子は?」
「私も似たようなものよ」
「そっか」
そして、二人で、何を話すでもなくこの場所に佇んでいた。それはとても心地良い時間だった。好きな人と同じ時間を共有できるというのはこんなにも幸せな事だったんだと改めて実感した。
それで、ふと思った。彼女は今幸せなのだろうか、と。それは聞いてはいけない事かもしれなかったが私はどうしても気になった。今、彼女の胸に去来している感情はどのようなものなのだろうか。思うより早く、私の口は動いていた。
「せ……」
だけど私の言葉はそこで止まった。
彼女は笑っていた。目を閉じて、何かをいとおしむように、優しく微笑んでいた。
そんな顔を見て私は何も言う事はできなくなっていた。
と、彼女はいつもの顔に戻ってこちらを向いた。
「あ、ごめん。今、何か言った?」
「いいえ、何も……」
「そ?」
「そろそろ帰りましょうか?暖かくなってきたとはいえ油断して風邪を引いて主役が卒業式に出られないなんて事にならないようにね」
「そうね。それじゃあ、帰ろうか」
私は聖にコートを返した。彼女の温もりが離れていくのは少し寂しかったがその程度の事でいちいち寂しがってはいられない。何せ春からは違う大学の学生になるのだ。早く慣れないと。
コートを着て、私に「早く、早く」と言っている親友を見ながら思う。
願わくば、彼女の人生に幸せが続きますように――
あとがき
前2作よりも更にわけがわからない話になってしまった気がします……
冒頭の部分は引用の引用の引用と言う何が元になっているんだか良くわからない文です。
このお話の蓉子さまは、CCさ○らの知○ちゃんのように、好きな人が自分を好きになってくれたら嬉しいけれども、好きな人が幸せになってくれるのが一番嬉しいという性格です。
ところで、原作って蓉子→聖って感じじゃないですか?白き花びらなんて特に。
次はもっと短くて楽しめる内容(ようするにギャグ)にしたいと思います。
あ、あんまり関係ありませんがタイトルの最愛の貴女へというのは某戦国武将達がぶつかり合って織田信長がバンドをやっているBL小説の何巻目かのサブタイトルをもじったものです。響きがとても良い感じだったので。
新しいあとがき
マリみてSS3作目、蓉子のモノローグで展開させました
話によって聖と蓉子が両想いだったり片想いだったりするのは仕様です
パラレルワールドということで
しかし、読み直してたら、けっこう、また書きたくなってきたかも……