二月の特別な日に ―蓉子side―


 今日は本当に最良の日だった。
 一般の生徒達との距離も近づけたし、薔薇の館が賑うところも見ることができた。
 望み続けた夢が現実となって私の前に現れたのだから。

 宝探しゲームも終わり、残っていた生徒達も皆帰って行った。
 私は何をするわけでもなく、ただ、心地よい余韻を引きずって薔薇の館に残っていた。
(本当に良かった。卒業する前にこんなにも素敵な光景を見ることができて)
 いつまでもこの余韻を引きずっていたかったが、そういうわけにもいかない。そろそろ家に帰らないと。
 そう思って椅子から立ち上がるとくらりとめまいがした。
(ああ、そう言えば今日の体調は最悪だったんだっけ……)
 あまりにも素敵な出来事が続いてくれたから自分の体が今どんな状況に置かれてたかなんてまったく忘れていた。
 ……どうしよう。薔薇の館にはもう誰も残ってないし、誰かがここにやってくるのはあまり期待できない。
 だから、今ここで倒れたりしたらかなりまずい状態になるんじゃあないだろうか。
 そう思っても、意識はすでに朦朧としていて、今にも途絶えてしまいそうだ。
 誰かが忘れ物でもして戻って来てくれないだろうか。
 いや、だめだ。完璧なお姉さまとして名の通っている紅薔薇さまが健康管理の不行き届きで倒れたなんて知られるわけにはいかない。
 こんな時にもそんな事を考えている自分の優等生ぶりにちょっと呆れた。
 ああ、せめて彼女にだったらこんな姿を見られてもいいのだが。
 だけど彼女がここに戻ってくる事は無いだろう。もうずいぶん前に帰ってしまったはずだから。
 しかし、実際問題どうしようか。もう意識を保っている事がかなり困難になってきているんだけど。
 (これはこのまま倒れるな)
 そう考えて私の体は前のめりに倒れていった。
 その時
「蓉子!?」
 と聞き慣れた声が聞こえて柔らかな感触が伝わってきた。
 だけどその正体を確かめる前に私の意識は闇に落ちていった……


「ん……?」
 何か柔らかいものが私の唇に触れている。
 その正体を確かめようとゆっくりと目を開いた。
 そこには彫像のような、見慣れたきれいな顔がもの凄い至近距離で写っていた。
「………………!?」
 私は声にならない声をあげると(唇がふさがれていたから実際に声は出せなかったんだけど)ソレの肩を掴んで思いっきり引き離した。
「何やってるのよ!?聖っ!!」
 そこには白薔薇さまこと佐藤聖がいつものように悠然と立っていた。
 つまり、さっきの柔らかかった感触は紛れも無く聖の唇の感触だったということになるんだけど……
「あ、目が覚めた?いやあ、倒れた蓉子を保健室に連れて来たのはいいんだけど、保科先生、さっき用事があるからちょっとの間留守にするって言って出て行っちゃったんだ。それで蓉子のこと介抱してたんだけど寝姿があまりにも色っぽかったもんだから、つい」
 などと言っている。そうか、ここは保健室のベッドだったのか。と、今の自分の現状を把握する。いや、それより
「だからって何やってるのよ。誰かに見られたらどうする気?」
 と、聖を咎めた。そりゃあ、キスなんてもう何度もしてるからいいんだけど、問題はここが学校だという事だ。誰かに見られたらいろいろと厄介だっていうのに。
 なのに、聖はのんきに
「大丈夫だって、私、耳がいいから誰か来たらすぐにわかるもの」
 なんて、笑いながら答えた。
「はぁ……もう!学校じゃあ何もしないって約束でしょう?」
 まあ、いつも五回に一回は何かされているけれど。
 ちら、と視線を下にずらした。制服のタイはなぜかほどけていた。
「聖……これ……」
 どういう事?と視線を投げつける。すると聖は慌てて
「違う、違う、何もしてないってば。ただ、蓉子が汗かいてたからふいてあげただけだって」
「本当でしょうね?」
「本当、本当」
 マリア様に誓って、と言う。聖がそう言った時はいつも本当のことを言っているから今回も本当に汗を拭いてくれただけなのだろう。いくら聖でも寝ている人間に対してそんな事はしないだろうし。……キスはされたけど。
「ほら、それよりもうちょっと横になってなさいよ。まだちょっと熱があるみたいだし。まったく、具合が悪いならそう言ってよね。私が戻らなかったらどうなってたかわからないんだからね」
  「ごめんなさい。大丈夫だと思ったのよ」
 と、答えておや?と思った。
「そう言えば聖、あなた、どうして戻ってきたの?たしかずいぶん前に帰らなかった?」
 と、体を横にしながら聞いた。
「忘れ物を思い出したからね」
 そう言うと聖は自分の鞄をゴソゴソと探り始めた。
「あ、あった、あった。はい、蓉子」
 そう言って私にそれを手渡した。
 それは白地に紅い薔薇の模様が入った包装紙でラッピングされていた。順当に考えるとこれは……
「チョコレート?」
「あったりー。って、何確認してるの。バレンタインに渡す物っていったら普通チョコでしょうが」
「それもそうね」
 私は苦笑しながら答えた。正直な話、聖からチョコがもらえるなんてあまり期待していなかったからちょっと意外だっただけだ。私のそんな気持ちを見抜いたのか聖は
「蓉子、私からチョコもらえるなんて思ってなかったんじゃない?」
 なんて意地の悪い笑みを浮かべて言ってきた。こういう時の聖は鋭い。が、私は冷静に
「そんな事無いわよ、ありがとう」
 と、微笑みながらかわした。
「ま、そういう事にしておいてあげましょうか。それで、蓉子の方から私にはくれないの?」
 と、言われて思い出した。そう言えば私は聖にあげようと思ってチョコを持って来ていたはずだ。それを熱やら生理痛やら貧血やらの悪い事と夢が叶ったいい事とが一度にあったせいで忘れてしまっていた。
「もちろん、あるわよ。聖、私の鞄取って」
 はい、と手渡された鞄の中から目的の物を探す。すぐにそれは見つかった。
「はい」
 そう言って聖に渡したそれは紅い下地に白い薔薇の模様が入った包装紙でラッピングされた物だった。どうやら二人とも考える事は同じだったようで、何だかおかしくなった。
  「考える事は同じってか」
「そうみたいね」
「ところで蓉子、チョコ持って来てたんならどうしてくれなかったの?」
「仕方ないじゃない、いろいろあってそこまで頭が回らなかったんだから。そう言う聖だって忘れてたから戻って来たんでしょう」
「それはそうなんだけどね」
 ははは、と笑う。私もそれにつられて笑った。
 その時、ドアが開いて誰かが入って来た。
「何だか楽しそうね」
『あ、保科先生』
 二人揃ってそう声に出した。用事があって留守にしていた養護教諭の保科先生が戻って来たようだ。
「水野さん、もう、大丈夫なの?」
「はい、おかげさまで。大分気分も楽になって落ち着きました」
 本調子とまではいかないが少し眠って体の調子も良くなったようだ。朝よりはかなりましになっている。
「そう?もう少し休んでてもいいのよ」
「いえ、もう大丈夫ですから、帰ります。お世話になりました」
 そう言ってベッドから降りる。よし、頭も結構スッキリしているし大丈夫みたいだ。
「心配ないですよ先生、私がいっしょについて行きますから」
   「佐藤さんが、付き添ってくれるの?」
「ええ、どうせ途中まで帰り道いっしょですから」
「そう、それじゃよろしくね」
「ええ」
 そう言うと聖は帰り支度を始めたので私もコートを着て帰る準備をした。
 そして私達は学校を後にした。


「ありがとう、ここでいいわ」
「そう?私は蓉子の家までついて行ってもいいんだけど」
「もう大丈夫よ。足元もふらつかないし、意識もしっかりしてるし。それにあんまり側にいて聖に風邪をうつしたら悪いしね」
「私は別に気にしないけど」
「私が気にするの。それじゃあね」
 と、聖に背を向けて数歩歩いたところで立ち止まった。
 そして、今来た道を戻っていく。
「蓉子?どうしたの?」
「ええ、ちょっと忘れ物を思い出して」
 そう言って辺りを見回す。幸い辺りに人影は無い。
 私は聖の唇に自分のそれを重ねた。触れるだけの、いつもより少し長めのキス。
 そして唇を離すと
「今日はありがとう、聖がいてくれて助かったわ」
 と、感謝の言葉を口にした。
 聖は少しの間呆然としてたけどすぐに笑顔になって言った。
「どういたしまして。お大事に、風邪ひきさん」
「ええ、風邪ひきさんは早く家に帰ってベッドで休む事にするわね」
「そうしてちょうだい。蓉子が元気にならないとあんな事もこんな事もできないからね」
「もう、馬鹿な事言ってないの。それじゃあまたね」
「ええ、また」
 聖がひらひらと手を振る。
 そして今度こそ私達は本当に別れた。
 一人になった帰り道、私は今日の事を思い返していた。
 シャレにならないぐらいきつい事もあったけど、それ以上に今日は幸せな事が多かった。
 そう、今日は本当に人生最良の日だった。だから私は一つの事を決めていた。
 今日受けた大学に合格していたら、絶対にそこに通う事にしよう、って。




あとがき

 ようやく書き上がりました。マリみてSS一作目。バレンタインスペシャル第1弾(スペシャルかどうかははなはだ疑問ですが……)【二月の特別な日に―蓉子side―】
 基本的なコンセプト、蓉子さま倒れる→聖さま蓉子さまを介抱する、は前から考えていたんですが、それを形にするのがまた難しくて。
 さて、タイトルをご覧になったらわかると思いますがこの作品には蓉子sideと書かれています。
 つまり、この話の主観は蓉子さまです。(って、読んだらわかりますよね、そんな事(^^;)
 さて、蓉子sideがあるからには他の人が主観の話もあると言う事です。そうです、このお話には裏バージョンとも言うべきもう一つの形態、聖sideがあります。
 こっちは聖さまが主観の話です。あの時実はこんな事を考えてたんだと言うのがわかるようなお話にするつもりです。
 カップリングでSS書くのって初めてだったので恥ずかしいやら、難しいやらでした。自分の文才の無さに呆れてみたり。
 ですが、これからも精進を重ねてより良い作品が作れるように努力していきたいと思います。
 それでは次回バレンタインスペシャル第2弾【二月の特別な日に―聖side―】でお会いしましょう。
 更新は2月14日までにされている事と思います。



新しいあとがき

 新しくホームページを作るに当たって昔作っていたページを参考にしようとしたら
 懐かしい作品が出てきたので、こっちでもアップすることにしました
 二年前の自分はこんなものを書いていたのかと感慨にふけりました
 たぶん、今じゃあこれは書けなかったと思います。技術的にではなくて精神的に
 昔はノリノリで書いていたんだなあというのが改めて自分で読んでみてよくわかりました
 何だか、久しぶりにSSを書きたい気分になってきました